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THE OHIRA LAB
武庫川女子大学
食物栄養学科
脳情報栄養学研究室
2024.5.21
脳由来神経栄養因子(BDNF)についての新たな発見:
大脳皮質におけるBDNF受容体TrkB-T1の細胞局在性
脳内には、多くの機能分子が存在し、それらの分子の働きによって、多様な脳機能を発揮することができます。このような分子の中で、脳由来神経栄養因子(BDNF)とその特異的な受容体TrkBは、細胞分裂、神経細胞分化、神経突起伸長、シナプス形成、神経伝達の調節など多様な機能に関係していることが明らかにされてきました。TrkBには2つのサブタイプが存在し、一つは細胞内にリン酸化酵素を持つTrkB-FL、もう一つはそのリン酸化酵素を持たないTrkB-T1です。これらの発見からすでに30年以上が経過していますが、いまだにBDNFの情報を2つのサブタイプがどのように伝達しているのかよくわかっていませんでした。本研究では、TrkB-T1の特異的な抗体を作製し、大脳皮質における詳細な局在性について調べた結果、同じ神経細胞にTrkB-FLとTrkB-T1が存在し、相互作用していることを明らかにしました。
【研究結果】
テーマ:「神経栄養因子受容体TrkB-T1の大脳皮質における局在性」
■TrkB-T1に対して特異的で抗原賦活化をしなくても使用できる抗体を作製
TrkBサブタイプであるTrkB-T1は脳内に豊富に存在し、多様な機能に関係していることがこれまでの研究によって明らかになっていますが、正確な局在性とその機能についてはよくわかっていません。この理由として、TrkB-T1が発見されて以来30年以上経ちますが、いまだに特異的な抗体が存在しないことが挙げられます。本研究において、我々は、TrkB-T1の特異的抗体を、モルモットより作製することに成功しました。さらに、この抗体は、抗原賦活化(注1)の必要なく組織染色に使用できることがわかりました。TrkB-FLに対する抗体(多くはウサギやマウスで作製したもの)は存在していることから、TrkB-FLとTrkB-T1のタンパク質レベルでの二重組織染色が世界で初めて可能となりました。
■TrkB-FLとTrkB-T1が同じ神経細胞に発現している
作製したTrkB-T1を使用して、TrkB-FLとの二重染色を実施したところ、ほとんどのTrkB-FL陽性細胞がTrkB-T1を発現していることを見出しました(図)。このことは、同じ神経細胞表面上にTrkB-FLとTrkB-T1が存在し、相互作用することが可能であることを示唆しています。
■TrkB-T1はほとんどの神経細胞とアストロサイトに発現している
TrkB-T1の発現細胞について、マウス大脳皮質を調べました。その結果、ほとんどの神経細胞にはTrkB-T1が発現していました。一方、グリア細胞については、70%のアストロサイトに発現が認められましたが、オリゴデンドロサイトやマイクログリアに陽性構造は観察されませんでした。
【まとめ】
今回の研究により、脳内で重要な機能を有するとされるTrkB-T1について、特異的な抗体の作製に成功したことで、30年以上もの間不明であった正確な局在性を明らかにすることができました。このことは、今後のBDNF-TrkB機能の解明に重要な知見であると考えられます。
本研究成果は、神経科学雑誌「Neuropeptides」のオンライン版に公開されました。
論文タイトル
"Localization of truncated TrkB and co-expression with full-length TrkB in the cerebral cortex of adult mice"
マウス大脳皮質におけるTrkB-T1の局在性とTrkB-FLとの共発現
(注1) 抗原賦活化
抗体を使用して、脳などの組織で細胞やタンパク質を可視化するときに、抗体が認識する物質(抗原)を熱やpHなどを変化させることで、より抗体に認識しやすくする処理のことを抗原賦活化といいます。抗原賦活化することで、その目的抗原を可視化できる一方で、他の抗原の反応性が低下するなどデメリットも存在します。したがって、最も良いのは、抗原賦活化をする必要のない特異的抗体を得ることになります。
TrkBサブタイプである、TrkB-FL、TrkB-T1共に同一細胞に発現している。このことは、サブタイプ間の相互作用によって生じる、3種類のダイマー形成が起こることを示唆している。実際に、過去の生化学的解析では、3種類のダイマーが、リガンド依存的に形成されることが報告されている(Ohira et al., 2001)。